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家族にないがしろにされる毎日を送る頑固なおじいさんが、ある日、雨の中へ釣りに出かけてそのまま亡くなってしまう——。
藤子・F・不二雄の短編『じじぬき』はそんな重たい出だしから始まります。けれど本番はここから。亡くなったあとの「天国」でおじいさんがある行動をします。切なくて、読み終えたあとにじんわり考え込んでしまう一篇です。
この記事では作品の基本情報とあらすじを紹介し、そのあとに感想をまとめます。ラストの展開は伏せてありますので、安心して読み進めてください。
『じじぬき』の作品データ
- 作者:藤子・F・不二雄(発表当時は「藤子不二雄」名義)
- 初出:『ビッグコミック』(小学館)1970年12月25日号
- 形式:読切の人間コメディ(1977年の単行本収録時に加筆・修正)
- 主な収録:『藤子・F・不二雄SF短編〈PERFECT版〉』第1集、『SF短編コンプリート・ワークス』第1巻『ミノタウロスの皿』、『藤子・F・不二雄大全集 SF・異色短編』第1巻など
- 映像化:2024年5月、NHK BSの『藤子・F・不二雄SF短編ドラマ シーズン2』第6話としてドラマ化(主演は泉谷しげる)
この作品は、発表当時はSFとは銘打たれておらず、扉には「痛烈なコメディー」とだけ書かれていたそうです。のちにSF短編を集めた本にまとめて収録されるようになりました。大人向けの短編を描き始めた翌年の作品で老人の問題を正面から扱っています。
あらすじ(ネタバレなし)
主人公は、穴黒厳三(あなぐろ・げんぞう)。周囲から「ガンさん」と呼ばれる、頑固者の老人です。妻には先立たれ、長男の一家と暮らしています。長男の妻とは折り合いが悪く、食事の席をわざと用意してもらえなかったり、嫌味のようなテレビ番組を大音量で聞かされたりと肩身の狭い日々が続いていました。
邪険にされるほど意固地になるのがガンさんの性分です。家族との溝は深まる一方でした。
ネタバレありの展開(結末は伏せています)
※ここから先は中盤までの展開に触れます。未読の方は、次の「読んだ感想」まで読み飛ばしても構いません。
ある日、孫の孝夫(たかお)が、ガンさんに釣りを勧めます。気遣いが嬉しくて、ガンさんは上機嫌で出かけますが、すぐに雨が降り出して帰宅。すると自分の部屋で孝夫が友達を呼んで勝手にくつろいでいました。怒ったガンさんが友人たちを追い返したことで、長男の妻と大げんかになります。頼みの息子にまで「大人げない」と言われたガンさんは、当てつけのように土砂降りの中へ釣りに出かけ、肺炎で命を落としてしまいます。
天国で待っていたのは亡くなった妻でした。再会を喜び合うふたりでしたが、じつはガンさんの死は妻が天国の戸籍係に頼んで予定より早めてもらったものだったのです。ガンさんは思わず妻を叩いてしまいますが、すぐに謝って仲直りし、夫婦水入らずの穏やかな暮らしが始まります。
天国には下界を映すテレビがあります。自分の通夜の様子を覗いてみると、家族も友人も、死を嘆き悲しんでいました。「もっと大切にすればよかった」と悔やむ声を聞いて、ガンさんは残された人たちを哀れに思います。そして戸籍係の制止を振り切り、現世へ生き返ることを決めるのです。
家族は、突然の復活に驚きつつも喜んでガンさんを迎え入れます。——その一か月後。ガンさんを待っていたのは思いがけない結末でした。生き返ったあとに何が起こるのか、そして最後にガンさんが下す決断は何か。そこはぜひ本編でご確認ください。
読んだ感想:笑っていたはずなのに胸にくる
📌 通夜の場面が、いちばんきつい
生きている間は冷たかった家族が亡くなったとたんに思い出を美化して悲しむ。その様子を、天国のテレビで当人が見ている構図が皮肉たっぷりです。笑っていいのか、胸が痛むのか、わからなくなる場面でした。
📌 妻の「やさしさ」が手放しでは喜べない
夫を不憫に思って死期を早めてもらった妻。いい話のようでいて、よく考えるとかなり怖い行為でもあります。実際にこの点を現実に置き換えたらどうなるのかと論じる評者もいるほどです。善意がそのまま救いになるとは限らない。そんな後味の苦さが作品全体に流れています。
📌 「やり直し」の結末に考えさせられる
人生をやり直せたら人は変われるのか。周りも変わるのか。この問いに対する答えは笑ってしまうほど意地悪です。しかしラストの一ページを読み終えたとき、家族の意味も含めて、老後というものを考えてしまいました。
📌 『定年退食』とあわせて読みたい
藤子・F・不二雄の作品の中で、老人の問題を正面から描いたものとしては『じじぬき』のほかに『定年退食』が挙げられます。こちらは近未来を舞台にした静かな作品で『SF短編コンプリート・ワークス』第2巻『ノスタル爺』に収録されています。読み比べると老いを描くふたつの視点の違いがよくわかります。
『じじぬき』が読める本
『じじぬき』は、藤子・F・不二雄のSF短編を集めたシリーズで読めます。選びやすいのは、次の2種類でしょう。
- 『藤子・F・不二雄SF短編〈PERFECT版〉(1) ミノタウロスの皿』:本作は第7話です。『カイケツ小池さん』『ボノム=底ぬけさん=』『ドジ田ドジ郎の幸運』など、初期の大人向け作品が発表順に並んでいます
- 『藤子・F・不二雄SF短編コンプリート・ワークス』第1巻『ミノタウロスの皿』:『ミノタウロスの皿』『ヒョンヒョロ』などと一緒に収録された、B6判のシリーズです。
藤子・F・不二雄SF短編<PERFECT版>(1)ミノタウロスの皿 【電子書籍】[ 藤子・F・不二雄 ] 価格:1320円 |
『じじぬき』【まとめ】
『じじぬき』は、頑固な老人とその家族の溝を天国と現世を行き来する奇想で描いた短編です。笑いの奥に、世代の断絶や老いの寂しさが静かに沈んでいます。短い作品ながら、読み終えたあと、身近な誰かの顔が思い浮かぶ人も多いのではないでしょうか。
ガンさんが最後に下す決断の意味は、ぜひご自身の目で確かめてみてください。
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