藤子・F・不二雄『ヒョンヒョロ』あらすじ・感想

藤子・F・不二雄SF短編〈PERFECT版〉

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ある日、小さな男の子のところにウサギの姿をした宇宙人から一通の手紙が届きます。そこに書かれていたのは「脅迫状」。ヒョンヒョロを渡さなければ誘拐する——というのです。

藤子・F・不二雄のSF短編『ヒョンヒョロ』は、愛らしい雰囲気で始まるのに、読み終えたあと背筋が冷える作品として語り継がれています。「ヒョンヒョロ」とはいったい何なのか。そして本当に誘拐されるのは誰なのか。

この記事では、作品の基本情報とあらすじを紹介し、そのあとに感想をまとめます。結末に触れる部分は見出しで段階的に分けてあります。

『ヒョンヒョロ』の作品データ

  • 作者:藤子・F・不二雄(発表当時は「藤子不二雄」名義)
  • 初出:『S-Fマガジン』(早川書房)1971年10月の増刊号
  • 形式:読切のSF短編
  • 主な収録:『藤子・F・不二雄SF短編〈PERFECT版〉』第1集、『SF短編コンプリート・ワークス』第1巻『ミノタウロスの皿』、『藤子・F・不二雄大全集 SF・異色短編』第4巻など
  • その他:筒井康隆編の『’71日本SFベスト集成』に収録。2023年6月号の『S-Fマガジン』にも特集の一環として再録されました

漫画評論家の米沢嘉博は、同じ『S-Fマガジン』に載った『ドジ田ドジ郎の幸運』とともにこの作品がSF界で藤子・F・不二雄の名が知られるきっかけになったのではないか、と指摘しています。SFファンの評判も高く、これ以降作者は本格的なSFの方向へ歩みを進めていきました。映画『ハーヴェイ』を思わせるという指摘もあります。

あらすじ(ネタバレなし)

主人公は小さな男の子のマーちゃん。このところ「お星さまを拾った」「円盤に乗ったウサギさんを見た」と家族に話してばかりいます。ところが、パパもママも子供の空想だと思ってまともに取り合ってくれません。

そんなある日、マーちゃんは「ウサギさんからもらった」という手紙を両親に見せます。字が読めないマーちゃんに代わって読んだ両親は仰天しました。なんと、その手紙は誘拐の予告状だったのです。

慌てて警察に相談しますが刑事もまったく信じません。ところが、そこへ手紙の送り主であるウサギが堂々と姿を現します。

ネタバレありの展開(ここから先は結末の手前まで)

※ここから先は中盤以降の展開に触れます。未読の方は、次の「読んだ感想」まで読み飛ばしても構いません。

ウサギは地球の取引の習慣をしっかり勉強してきたと言い、実に礼儀正しく、しかし一歩も引かない態度で「ヒョンヒョロ」を要求します。刑事が拳銃を向けてもまるで効きません。恐れをなしたパパや刑事たちは「子供は巻き込まない」ことを条件に取引を進めることになります。

ところが肝心の「ヒョンヒョロ」が何なのか、誰にもわかりません。苦しまぎれに、約束の時間にありったけの現金を差し出します。しかしウサギは「紙切れではなく、ヒョンヒョロを」と突っぱねました。

刑事たちが、とうとう「ヒョンヒョロが何かわからない」と白状すると、ウサギは血相を変えます。宇宙で最高の価値をもつものを知らないなんて、あまりにも非常識だ、と。そして予告どおり誘拐を実行します。

翌朝、マーちゃんが目を覚ますと、そこには——。この先の、ぞっとする静けさは、ぜひ本編でご自身の目で確かめてください。

【さらにネタバレ】結末とその読み方

※ここから先は結末そのものに触れます。初めて読む楽しみを残したい方は「読んだ感想」まで飛ばしてください。

目を覚ましたマーちゃんが母親を呼んでも返事はありません。町は静まり返り、家族も、町の人たちも、誰ひとりいなくなっていました。マーちゃんは「空からヒョンヒョロと落ちてきたお星さま」をママに見せようと呼びかけますが、その声はどこにも届きません。

ヒョンヒョロの正体は、作中ではっきりとは語られません。ただ、マーちゃんが拾った「お星さま」こそが、それだったと読むのが一般的です。そして誘拐されたのはマーちゃんではなく、マーちゃん以外の人々でした。「子供は巻き込まない」という約束をウサギが守ったからだともそもそもの交渉相手と標的が別だったからだとも読者の間で解釈が分かれています。

読んだ感想:かわいいから余計に怖い

📌 ウサギの「礼儀正しさ」がいちばん不気味

ウサギは乱暴な侵略者ではありません。むしろ、地球の習慣を学び、丁寧に交渉しようとします。台詞も、ちょっとたどたどしくて愛嬌がある。だからこそ、態度が一変する瞬間の落差に思わず背筋が伸びてしまいます。インテリヤクザみたいです。

📌 悲劇の発端は、最初の「聞き流し」にある

マーちゃんは最初から正直に話していました。お星さまを拾ったこと、ウサギさんが来たこと。それを「子供の空想」と片づけたのは大人のほうです。あとから読み返すと、冒頭の何気ない会話がすべて伏線になっていることに気づきます。

📌 「常識」の相違の怖さを笑いの形で見せてくる

目の前に宇宙人がいるのに「そんなものはいない」と言い張る大人たち。ウサギからすれば、宇宙最高の宝を知らないほうが、よほど非常識です。立場が変われば、常識も入れ替わる。その皮肉が前半のドタバタの中に少しずつ仕込まれています。

📌 最後の一コマまで息をのむ

派手な説明も、救いもなく、ただ静かな朝が描かれて終わります。マーちゃんが事情を知らないまま呼びかけ続ける姿は、いつまでも頭から離れません。短い作品なのに、読後の余韻は、長編に負けないほど重いものでした。

📌 同じ巻の作品もあわせて読みたい

PERFECT版の第1集には、価値観の違いを描く『ミノタウロスの皿』も入っています。『ヒョンヒョロ』と読み比べると「話が通じない」という恐怖がいかにさまざまな形で描かれているかがよくわかります。

『ヒョンヒョロ』が読める本

『ヒョンヒョロ』は、藤子・F・不二雄のSF短編を集めたシリーズで読めます。選びやすいのは次の2種類でしょう。

  • 『藤子・F・不二雄SF短編〈PERFECT版〉(1) ミノタウロスの皿』:本作は第8話です。『ミノタウロスの皿』『ボノム=底ぬけさん=』『ドジ田ドジ郎の幸運』『じじぬき』など、初期の代表作が発表順に並んでいます
  • 『藤子・F・不二雄SF短編コンプリート・ワークス』第1巻『ミノタウロスの皿』:『カイケツ小池さん』『自分会議』なども入った、B6判のシリーズです。

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感想(3件)

『ヒョンヒョロ』【まとめ】

『ヒョンヒョロ』は、かわいいウサギと素直な男の子と聞く耳を持たない大人たちが織りなす後味の強烈な短編です。常識とは何か、話が通じないとはどういうことか。短いページの中に、藤子・F・不二雄の鋭い視点が、ぎゅっと詰まっています。

ウサギの激昂のあと、マーちゃんが迎える朝は、ぜひご自身の目で確かめてみてください。

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